意識低い大学院生、森林を考える

某大学森林科学科の同期4人で運営する共同ブログです。森林・林業の魅力を発信し、最新の知見も紹介します。現在、大学院修士課程に在学中。

森林管理の担い手確保ー「緑の雇用」事業の登場ー


みなさんこんばんは。意識低い森林学徒です。昨日に引き続き、本日もTが執筆を担当します。よろしくお願いします。

 昨日の記事において、森林を適切に管理することが土砂災害の防止に一役買っていること、また、森林管理の主役である林業従事者の減少と高齢化が課題となっていること、そして最近導入されたとある政策により、林業担い手に関する問題に改善の兆しが見られることを説明しました。今日の記事では、私の卒業論文の成果を用いながら、この制度の政策的背景や概要について述べたいと思います。

 

 前回の記事で述べた通り、林業従事者の減少と高齢化の進行は林業における大きな課題であり、これまで様々な対策が講じられてきましたが、抜本的な解決には至ってきませんでした。しかし、1990年代以降はこのような課題が改善されつつあります。若年者率は1990年度を底に上昇に転じており、高齢化率は2000年度をピークに低下し始めています。従事者数全体を見ても、近年は従事者数減少のペースが緩み、下げ止まり傾向にあることがうかがえます。

 従事者の減少に歯止めがかかりつつあり、また、若年者率が増加している背景として、1990年代以降の林業労働政策(私の記事において、林業事業体や林業従事者に関する政策制度を「林業労働政策」と呼称します)の整備があります。林業はこれまで他産業と比較して就業条件や労働環境の点で魅力に欠けていました。したがって、労働者が定着しにくく、新規参入も少ないという構造的問題を抱えていました。1990年代以降に整備された政策は、このような林業の劣悪な労働条件や労働環境を改善することによって既存の従事者の定着と若年層の新規就業を促す目的がありました。

 労働環境の改善に向けた取り組みとしては、1993年の「労働基準法」の改正が挙げられます。「林業における労働時間は、林業労働が天候などの自然条件に著しく左右されることなどから、休憩および休日ともに、労働基準法による規制の対象外とされて」(全国森林組合連合会 2016)きました。しかし、労働基準法の改正を受け、1994年4月1日から林業に対し、労働基準法の規定が全面的に適用されることとなりました。

 また、1996年には「林業労働力の確保の促進に関する法律」が制定されました。同法の目的は、「林業労働力の確保を推進するため、事業主が一体的に行う雇用管理の改善及び事業の合理化を推進するための措置並びに新たに林業に就業しようとする者の就業の円滑化のための措置を講じ、もって林業の健全な発展と林業労働者の雇用の安定に寄与すること」(林業労働力の確保の促進に関する法律第一条)です。「この法律では、事業主は雇用管理の改善と事業の合理化を一体的に実施する計画を策定し、都道府県知事の認定を受けることができ、認定された事業体は各県に設立される林業労働力確保支援センターを通し、林野庁労働省の支援措置を受けることができ」(堀 2012)ます。主な支援策として、「研修や事前調査など就業の準備に係る資金の無利子貸付、林業労働者の福利厚生施設を導入する場合の林業改善資金の償還期間の延長(通常10年のところを15年へ)、林業労働者の委託募集の特例措置、国有林野事業における認定事業主への計画的・安定的な事業委託への配慮など」(堀 2012)がありました。労確法に基づいた様々な取り組みによって、林業事業体は若い就業者の採用を行いやすくなりました。
 上記のような林業における労働条件改善事業の一環として、労働省(現厚生労働省)は「1993年度から林野庁から関係行政機関と連携して、林業事業体における雇用管理の改善を図るために、『林業雇用改善促進事業』をはじめとした施策を実施し」(堀 2012)ました。
 このように、労働基準法の改正や労確法の制定によって林業における労働条件の改善が進んでいきました。労働条件の改善は、既存の労働者の定着や新たな従事者、特に若年従事者の就業に一定の役割を果たしてきました。


 林業労働力の確保に向けた取り組みが続けられる中で、2003年度から「緑の雇用」がスタートした。「『緑の雇用』は新規に採用した労働者を、基本に忠実な技術者として早期に教育する制度」(興梠 2015)であり、林業事業体の支援と従事者への教育という二本柱によって、新規従事者の定着及び育成を支える制度です。
 「緑の雇用」は当初、失業対策の意味合いが強いものでした。「国の失業対策(厚労省・緊急地域雇用創出特別交付金事業)で補助対象となった人々を、『緑の雇用』によって林業に採用し、1年間、林業の基本技術をOJTとOff-JTによって学んでもらう」(興梠 2015)という内容でした。2006年度からは、「国の失業対策との関係はなくなり、地球温暖化防止のための森林整備を担う人材育成という目的に変わ」(興梠 2015)りました。研修の内容として、1年目の基本研修に加え、2年目研修(かかり木処理や風倒木処理のような高度な伐採技術を身に付ける技術高度化研修)と3年目研修(低コスト木材生産システムを学ぶ森林施業効率化研修)も登場しました。さらに、2011度以降からは、「森林・林業再生プランを受けて、国産材の安定供給に必要な間伐や道づくり等を効率的に行える現場技能者を段階的かつ体系的に育成すること」(堀 2012)が目的となり、「緑の雇用」は、「林業労働者のキャリアアップを支える研修に体系化され」(興梠 2015)ました。
 「緑の雇用」は新規就業者の支える制度であると同時に、「緑の雇用」を利用する事業体にとっても有益な制度です。「緑の雇用」を利用して新たに労働者を採用した事業体は、補助金が得られたり、従事者のための安全防具を得られたりするなどのメリットがあります。

 

 「緑の雇用」が実際にどれほどの効果があったかは、以下のグラフを見ていただければ理解できるかと思います。グラフは、「平成28年版 森林・林業白書」をもとに筆者が作成しました。f:id:HU_forestry:20180414222407p:plain

 「緑の雇用」の利用により、平均して年間1.000人の新規従事者の確保が実現できていることが見て取れます。

 上で述べた通り、「緑の雇用」それ自体は、①新たに雇用した林業従事者を講義やOJTを通して育成し、②新たに従事者を雇用した事業体に対し補助金等を支援する制度です。したがって、「緑の雇用」の利用をスタートするためには、新たな従事者を見つけ、雇用することが必要不可欠となります。「緑の雇用」と新たな担い手の確保はどのような関連があるのでしょうか。この点について、次回述べたいと思います。

 

参考文献

林野庁(2016),「林業の動向」,『平成27年度 森林及び林業の動向』, pp.86-103.

全国森林組合連合会(2016),「労働時間・休日・休暇」,『平成28年度版 林業雇用管理改善のしおり』, pp.14-18.

堀 靖人(2012),「林業労働」,『改訂 現代森林政策学』, pp.239-253

興梠 克久(2015), 全国森林組合連合会監修, 『「緑の雇用」のすべて』, 日本林業調査会.

筆者の卒業論文(2016年度提出).