意識低い大学院生、森林を考える

某大学森林科学科の同期4人で運営する共同ブログです。森林・林業の魅力を発信し、最新の知見も紹介します。現在、大学院修士課程に在学中。

学会発表を終えて

 お久しぶりです。意識低い森林学徒です。8月以来更新が滞ってしまいました。今回の記事はTが担当します。

 私Tは、この土日に行われたとある学会に参加してきました。Tが学ぶ大学院では、2年間で修論研究の内容で最低1回の学会発表を行うことが修了の条件となっております。

 

 学会発表は初めてでしたが、懇親会の参加、他の研究者の発表を聞く、自分の発表、全て楽しむことができました。発表が近づいてくると、久々にプレッシャーがかかっていたのか、便通が良くなったり心拍数が上がったりしておりました。

 

 私の修士論文は、林業界で動きが活発となっており、学会においても多くの人が関心を持っているとある領域をテーマとしております。発表前には第一人者の先生が直々に私に声をかけてくださり、発表を楽しみにしているというお言葉をいただきました。まだ学生の身分である私の研究に対し、興味を示してくれている人がいるということに素直に感動するとともに、そういった人たちに引用してもらえるような内容にしなければと身の引き締まる思いがしました。

 

 また、質疑応答では多くの方から質問やコメントをいただき、活発な議論が展開できたように感じます。発表終了後には座長の先生から良い発表で質疑も非常に楽しませていただきましたというお言葉をいただき、一仕事終え安堵感を覚えました。

 

 一方である研究者の方からは非常に厳しい指摘をいただきました。「発表は全く心に響くものではなかった。そもそも今回の発表は報告書、レポートとしてはよくできているが、研究と呼べるものではない」というものです。

 私は大学院修了後、民間企業への就職が決まっています。しばらく林業分野の研究からは離れますが、大学院修了までの残り4か月の間、まだ報告書レベルにとどまっている私の調査結果を研究レベルにまでまとめ上げたいと決意しました。

 

 今回は短い投稿となってしまいました。またお会いしましょう。

森林管理と昆虫ーカミキリムシ類(3)

 こんにちは。意識低い森林学徒です。最近更新が滞っておりました!

今日の記事はAが担当します。「森林管理と昆虫」シリーズの第3回目です。

(3)    クビアカツヤカミキリによる被害とその対策

前回の記事では、マツ枯れについてご紹介しました。その中で、依然として被害面積は大きいものの、面積自体は減少傾向にあると述べました。他の森林動物害についても傾向は同様であり、管理技術の進歩や新規造林面積の減少を背景として、日本国内における人工林で生じる森林動物害は概して減少傾向にあります。しかし、例えばシカ害のように、近年新たに顕著となっている問題も存在します。実は、カミキリムシにもそんなニューフェイスがいるのです。

近年新たに問題となっているカミキリムシ類として、今回はクビアカツヤカミキリ(Aromia bungii)を取り上げます。中国や朝鮮半島などに分布する本種は2010年ごろに国内に侵入したと考えられ、現状では限定的な分布であるものの、顕著な被害をもたらしています。本種はサクラやモモなどのバラ科樹木を宿主とするため、バラ科樹木が数多く植えられている日本においてはその対策が急務とされているのです。

 

NHKのニュースでも取り上げられました。

http://www9.nhk.or.jp/nw9-blog/500/275300.html

3.1    クビアカツヤカミキリの基本事項

3.1.1      形態と生態

クビアカツヤカミキリ(以下、クビアカ)について、まずは基礎的な事項の紹介をします。クビアカはクロジャコウカミキリとも呼ばれ、カミキリ亜科ジャコウカミキリ属に属します。大型のカミキリムシであり、体長は30mm~40mm、つやの青みがかった黒色をしており、前胸背板は深紅あるいは黒色を示します。雌雄で触角の長さが異なり、オスでは触角の長さが体長の2倍近くとなるという特徴もあります(大林・新里 2007)。

中国、朝鮮半島、ロシアなどに分布しており、胡ら(2007)によれば、バラ科樹木をはじめヤナギなどの広葉樹を加害するとのことです。中国では桃類を加害する果樹害虫として知られており、中国国内に広く分布することから多様な環境に適応できるものと推察されます。健全木を加害しますが(このような虫は“一次性昆虫”と呼ばれます)、ある程度まで成長した幼虫は伐倒したり枯死したりした材の中でも生存し、材内部の深くに蛹室を形成することが分かっています(加賀谷 2015, 図1,2)。

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図1:クビアカツヤカミキリ.

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図2:クビアカツヤカミキリによるサクラへの被害.

3.1.2      日本国内における被害

日本国内においては、2012年の愛知県における報告が初めての発見事例でした。その後埼玉草加市で2013年に成虫が確認され(中村 2013; 加納ら 2014)、2015年以降には新たに群馬県、徳島県、大阪府、東京都での発生が報告されています(桐山ら 2015; 杉本 2015; 須田・村田 2017)。特に埼玉県においては、2013年に最初に加害が発見され、定着を始めたと推定される地点から、1kmほど離れた場所で2014年に新たに発生が確認されました。このことからも、実際に分布が拡大していることが見て取れます(加賀谷 2015)。またこれらの報告から、少なくとも2010~11年ごろにはクビアカが何らかの形で日本国内に侵入していたことが考えられます。

3.1.3      ヨーロッパ諸国における被害

クビアカは、ヨーロッパ諸国にも分布を広げています。2011年にドイツ、また2012年にイタリアのそれぞれ一部地域で発生が確認されているほか、2016年にもドイツのバイエルン州において報告があります(Garonna et al. 2013; EPPO報告書 2015; Horren 2016)。EPPO報告書(2015)によれば、その侵入経路はサクラ類の木材ないしは木材製品、またはクビアカの寄主植物(種子以外)そのものの輸入であると推定されています。上記に挙げた地域以外での報告は今のところないものの、イタリアから多くの木材を輸入しているトルコなど、さらなる分布拡大の危険性は大きいです。

3.2    クビアカツヤカミキリにおける研究の現状

クビアカは主要生息地である中国においては、既に森林害虫や果樹害虫として研究の対象となってきました。そのため、多数の研究事例が中国にて蓄積されています。多くの研究論文についてはアクセスが困難でしたが、概要部分については英語にて閲覧することができるものも多かったです。

3.2.1      研究事例の探索

論文検索サイトgoogle schlor(https://scholar.google.co.jp/)を用いて、クビアカの学名である“Aromia bungii”で検索を行いました。検索結果のうち上位60件までを対象としたところ、クビアカをメインのターゲットとした計28本の論文が探索できました。その一覧を表に示します(表1、ちょっと見にくいですが....)。害虫であるため当然ではありますが、多くの論文が生態もしくは防除に関する研究でした。

表1:クビアカツヤカミキリに関する既往研究のまとめ.

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3.2.2      生態に関する研究

生態に関する研究事例では、生活史についての研究事例がほとんどでした。Wangら(2007)は、クビアカ幼虫の生育期間は33~34カ月と長く、また成虫の発生は6月末~8月中旬までの間に生じると発表しました。Maら(2007)は、石家荘市(河北省)ではクビアカは4年に1度のペースで発生することを報告し、詳細にその生活史を記しています(図3)。

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図3:石家荘市(河北省)におけるクビアカツヤカミキリの生活史(Maら(2007)より筆者作成).

生活史以外の研究事例としては、性行動にかかわると考えられる化学物質を分析した研究(Wei, 2013)や、クビアカの穿孔ルートおよびフラスの排出について研究した事例(Liu et al. 1999)などがありました。しかし、移動分散や寄主植物との相互作用、遺伝的構造など、基礎的な知見はまだまだ不足しており、さらなる研究が必要といえそうです。

3.2.3      防除に関する研究

防除に関する研究事例では、きのこ(ハラタケ科; Lepiota helveola)の発酵液体、線虫(Steinernema属)、ホソカタムシ(サビマダラオオホソカタムシ; Dastarcus helophoroides)などを用いた生物による防除に関する研究事例が多くみられました。

例えばHong and Yang(2011)は、ハラタケ科きのこの発酵液体をクビアカ1齢幼虫に対して使用したところ、3日後に71.67%の死亡率を得たと報告しています。またMenら(2017)は、カミキリ類に対する自然下での天敵であるサビマダラオオホソカタムシを用いて、クビアカを含めた数種のカミキリ類の排出したフラスへのホソカタムシの誘引性を検証しています。なおホソカタムシを用いたカミキリ類の生物学的防除は、日本においてもマツノマダラカミキリに対して検討されています(浦野 2006)。

この他、主要なプラム類11属14種への加害の程度を比較し、どの樹種がクビアカを含めたカミキリ類に対して抵抗性があるかを調べた研究も存在しました(Huang et al. 2012)。一方で、薬剤散布を中心とした化学的防除や、林業的防除などに関わる知見は見られませんでした。

3.3    今後の対策と展望

最後に、今後の対策と展望について簡単に述べたいと思います。クビアカツヤカミキリをはじめとした穿孔性昆虫類は、すでに述べたように木材ないしは木材製品とともに移入する可能性が最も高いと考えられます。

日本にように万が一侵入を許してしまった場合には、定着や分布の拡大を防ぐことが重要となるでしょう。定着や分布の有無に関する調査においては、アマチュアのボランティアによる観察が大切となるかもしれません。Pocock(2017)らが指摘しているように、アマチュアの観察圧は侵入種の報告数に貢献します。日本においても、アマチュアからの情報を生かしていく体制づくりが重要となるでしょう。

クビアカが好むサクラやモモは、日本中の広い範囲に植えられています。特にサクラは川沿いの並木や公園などに多数まとまって植えられており、一度定着し分布拡大が始まると、とてつもない被害が生じる可能性があります。加えて、サクラの代表種であるソメイヨシノはクローンにより個体を増殖した経緯があり、遺伝的な多様性が極めて低いため病虫害への耐性は皆無です。そのため、定着が確認された場合には、その後の分布拡大を防ぐ手立てをできる限り迅速に実行する必要があります。

しかし、そのような対策を迅速に行うことは非常に困難であるといえます。カミキリムシ対策として最も有効なのは、当然カミキリムシ幼虫が入り込んだ被害木を伐採してしまうことです。ところが、サクラ並木の開花を楽しみにする住民の方々や観光客は多く、大規模な伐採を迅速に行うことは難しいように思えてしまいます。

伐採以外の(伐採する樹木の量を最小限とする)防除手段として、薬剤による化学的な防除が考えられます。しかし、現状ではクビアカに対する果樹薬剤はまだ開発されていません(上地 2015)。これを受けて、徳島県ではクラウドファンディングによる開発計画もあり、化学物質を用いた防除方法の開発はこれから進んでいきそうです。

日本における木の文化の中心的な存在であるサクラを守るためにも、クビアカ対策は迅速に進められる必要があるといえます。

※以下クラウドファンディングのサイト

otsucle.jp

 

いかがでしたでしょうか。森林の被害といえばシカ!と言われることが多くなった近年ですが,虫害も完全になくなったわけでありません。

次回は,「森林管理と昆虫」最終回です。これまでの内容を踏まえつつ、虫の生態を考慮した森林管理のあり方を考えたいと思います。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

近年のスマート林業の動向(2)

 こんにちは。意識低い森林学徒です。今日も昨日に引き続いて、Tが担当します。ちなみにTは今日大学の健康診断に行ってきました。

 

スマート林業実践事例

 本章では、加藤(2018(6) 及び堀澤正彦(2018(7) を参考にしながら、スマート林業の実践事例を紹介する。信州大学農学部加藤正人教授(森林計測・計画学)はスマート林業の実現に向け、地域のステークホルダーや事業体と共同で多くの実証研究に取り組んでいる。信州大学を中心として構成される「LSによるスマート精密林業コンソーシアム」の名において、「レーザーセンシング情報を使用した持続的なスマート精密林業技術の開発」に掛かる研究が行われている。本コンソーシアムには、信州大学の他、北信州森林組合アジア航測株式会社、株式会社小松製作所が参画し、長野県北信州森林組合管内、長野県中信森林管理署管内、信州大学農学部構内演習林において実証研究を実施している。

 北信州森林組合では、航空レーザ計測データの活用により高精度地形情報の利用を実現している(下図)。以下、図はすべて堀澤(2018)から引用。

f:id:HU_forestry:20180524165254p:plainまた、ICT機器を使用することによる収穫作業の情報化に挑戦している(下図)。

f:id:HU_forestry:20180524165438p:plainICTの活用によって原木や製材に関する情報が一元管理され、素材生産者・流通加工業者・需要者間での情報の共有が容易になることが期待されている。

 本森林組合では、LS(レーザーセンシング)情報とICTを活用することにより、他産業並みの品質管理とSCM体制の構築を目指している(下図)。

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今後の課題

 山奥においてはIoTやICT、ネットワーク回線が通常のように動作しないという懸念はある。しかしながら、機器同士の接続等、簡易なものにおいては有効活用ができると思われる。

 また、実際には川下側(需要者側)が他産業のような品質管理やサプライチェーン・マネジメントを望んでいないという指摘がある。他産業においてはQCD管理(品質:Quality, コスト:Cost, 納期:Delivery)を行うことがすでに当たり前であるが、林業においてはそうでない。研究レベルで品質管理やSCM構築は進めてはいるが、実際に高度な流通経路を構築する必要性を、需要者側が感じていない可能性がある。

 さらに、現状としてはサプライチェーン全体にわたる「スマート化」を実現するのは困難であり、実際の活用としては森林情報のクラウド化程度にとどまっている。

 

引用文献

(6)加藤正人2018)日本林業の強化策-レーザーセンシングによるICTスマート精密林業.『山林』,No.1608, 大日本山林会.

(7)堀澤正彦(2018)ICT活用とSCMシステム構築の取り組み~スマート林業の実装に向けて~. 未来投資会議 構造改革徹底推進会合「地域経済・インフラ」会合(農林水産業)(第9回)資料3.

 

その他参考資料

長谷川尚史(2018林業イノベーションの方向性.『山林』, No.1598, p.2-10, 大日本山林会.

木村穣(2018)今、なぜICT化なのか?.『山林』, No. 1604, p.38-41, 大日本山林会.

北河博康(2018)ロボットビジネスで林業の活性化を図る-ロボット×AI×IoTを活用した「儲かる林業」の実現に向けて-.『山林』, No.1607, 大日本山林会.

全国林業改良普及協会(2018)『現代林業, p.1-31, 全国林業普改良普及協会.

日本林業調査会(2017)『林政ニュース』, 565, p.7-9.

日本林業調査会(2018)『林政ニュース』, 576, p.21-22.

日本林業経営者協会(2017)『杣径』, No. 47, p.1-18.

鹿又秀聡(2017)森林GISクラウド化に関する現状と展望.林業経済』, Vol.70, No.7, p.11-27.

松村直人・野々田稔郎(2015)スマート林業を実現する新たな森林管理システムe-forestの設計. 三重大学大学院生物資源学研究科紀要』, 41, p.35-42.

中村尚・鈴木仁・山田浩行(2016)スマート林業に関わる先進事例調査とビジネスモデルの展望.『森林科学』, 78, p.36-38.

林野庁(2017).『平成28年度森林・林業白書』.

 

近年のスマート林業の動向(1)

 こんばんは、意識低い森林学徒です。今回の記事は最近夜更かしがひどいTが担当します。今日は、スマート林業の話題です。今日はTが所属する研究室でゼミがあったのですが、私が発表担当でした。ゼミにおいて、修士論文の進捗報告と共に、自主研究として「近年のスマート林業」の動向というテーマで発表を行いました。今回の記事は、ゼミ資料に沿って発表していきます。「スマート林業」については今後も継続的に自主研究として発表するつもりですが。今回はひとまず2回に分けて紹介します。

 

政策的背景

 2016年に策定された『日本再興戦略2016-第4次産業革命に向けて-』において、「攻めの農林水産業の展開と輸出力の強化」が重要な政策課題として掲げられた。攻めの農林水産業の展開と輸出力の強化に向けた施策として、「林業の成長産業化」について記述されている。具体的には、(1) 新たな木材需要を創出すること、(2) 原木の安定供給体制を構築することが重点課題となっている。新たな木材需要の創出に関しては、新国立競技場における国産材の積極利用、公共建築物等の木造・木質化の推進、建築材料としてのCLT(Cross Laminated Timber)の普及促進、木質バイオマスの利用促進等を行っていくこととされている。原木の安定供給体制の構築に関しては、森林境界・所有者の明確化、地理空間情報とICT(Information and Communication (1)

 また、2017年に発表された『まち・ひと・しごと創生総合戦略(2017改訂版)』(2)においても、地方創生に向けた重要な政策パッケージの1つとして、林業の成長産業化が掲げられている。林業の成長産業化と森林資源の適切な管理の両立を図るため、林業経営の集積・集約化の実施、新たな森林管理システムの構築、意欲と能力のある林業経営者と川下との連携、人材の確保及び育成等を図ることが示されている。また、CLTの普及に向けた総合的な施策の推進や木質バイオマスの利用など新たな木材需要の創出等も示されている。

 さらに、林野庁は2018年度予算において、林業成長産業化総合対策における「スマート林業構築推進事業」に約25億円を計上している(3)。対策のポイントとして、林野庁は「森林施業の効率化・省力化や需要に応じた高度な木材生産等を可能にする『スマート林業』を実現するため、ICTの活用による先進的な取組や、その普及展開を推進」するとしている。具体的な政策目標としては、民有林において一体的なまとまりをもった森林を対象に作成される森林経営計画の作成率を平成32年度に60%にまで高めることとしている(平成26年度は28%)。林野庁によれば、予算計上の背景として、次の2点の課題がある。1点目に、2016年5月の森林法改正を受け、「施業集約化を推進するため、市町村が所有者や境界の情報を林地台帳として2019年4月までに整備する仕組みが創設されたことから、市町村において確実に林地台帳が整備されるよう支援を行うとともに、この台帳情報を活用したスマート林業の実現に向けた取り組みを推進していくことが必要」(林野庁, 2017)があること。2点目に、「戦後造成した人工林が本格的な利用気を迎える中、人工林の有効活用や国産材の競争力強化に向け、国産材の安定供給体制を構築していくためには、近年目覚ましい発展を遂げている地理空間情報やICT等の先端技術を活用した実践的取組や林業機械の開発を促進することにより、意欲と能力のある経営体に施業を集約化し、効率的な森林施業を進めることが必要」(林野庁, 2017)があることだ。(4)

 このように、林業の成長産業化に向けて「儲かる林業」を推進していくことが最近の日本における林業のトレンドとなっている。

スマート林業の定義

 スマート林業に関する学術的な研究及び報告は近年多くなされている。

 林野庁は、スマート林業を「森林施業の効率化・省力化や需要に応じた高度な木材生産等を可能にする」林業であると定義している。具体的な取組は下図のようになっている(林野庁・平成30年度予算概算決定の概要より)。

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 ICT等の先端技術を、(1) 施業集約化の効率化・省力化、(2) 経営の効率性・生産性の向上、(3) 需給マッチングの円滑化、(4) 森林情報の高度化・共有化に用いることにより「スマート林業」を実現することとなっている。

 また、スマート林業については、東京大学大学院農学生命科学研究科の仁多見俊夫准教授(森林利用学)らによる研究が代表的である。「平成27年度から実施されている農林水産省のプロジェクト、『革新的技術開発・緊急展開事業』『ICTを活用した木材SCM(サプライチェーン・マネジメント)システムの構築』において、東京大学鹿児島大学三重大学住友林業の4グループが、それぞれ連携して活動している地域の特性の異なる地域林業活動においてこのスマート林業を構築すべく実証事業を進めて」(仁多見, 2018)(5) いる。仁多見(2018)はスマート林業を「『森林の育成や利用の計画(森林所有者、地域社会、行政機関との連携)』、『森林施業と生産された木材の管理(現場と事務所での林業従事者間の連携)』、『生産された木材の需要先とのマッチング(林業従事者と製材工場・木質バイオマスプラント等の需要者との連携)』、これら3つのセクションが適切に情報網で連結されシステム化された、いわば情報システム化林業」であるとしている。

 このように、「スマート林業」とは、ICTやIoT等の先端技術を活用することにより、林業においても他産業並みの品質管理やSCMを構築する一連の活動であるといえる。

引用文献

(1) 内閣府(2016)『日本再興戦略2016-第4次産業革命に向けて』.

(2) 内閣府(2017)『まち・ひと・しごと創生総合戦略(2017改訂版)』.

(3) 林野庁(2016)「平成30年度林野庁予算概算決定の概要」.

(4) 林野庁(2016)「平成30年度林野庁予算概算要求の概要」.

(5) 仁多見俊夫(2018)スマート林業とその可能性-森林資源の利用高度化とビジネスの創出-.『山林』, No.1604, p.6-15, 大日本山林会.

 

 それでは、今回はこの辺で失礼します。続きは明日更新します。

人類が土地を使い始めたその時に:森林から農地への転換に着目して

窓の外をふと見てみたときに、まっさきに見えるものは何だろうか。
私の研究室から外を見てみると、札幌の街並みや大学の建物が見える。
皆さんが見ている景色にも、必ずや人工物が映りこんでいるはずだ。

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Fig.1 大学から見える景色

人類は氷床に覆われていない、地球上の陸地の75%を利用し、改変してきた。今となっては、人類の手が加わっていない場所を探す方が難しいのだ。農地開拓により、食べ物に困ることは殆どなく、そして都市開発により豊かな生活を享受できている。

人類が豊かな生活を享受できるようになった一方で、土地利用により排他された生物もいただろう。人類が土地利用を開始したことにより、そこに住んでいた生物たちはどんな影響を受けたのだろうか...?

今回のブログではイギリスを例にこの答えを探ってみよう。

現在のイギリスでは、その国土のおよそ7割を農地が占める。しかし、農地に転換される前までは、森林や湿原が広がっていたことが知られている。考古学的な資料を記した文献 (Yalden & Albarella 2009; The History of British Birds)を解き明かしながら、森林が農地に転換された時代の、鳥類相の変遷をまとめてみよう。

時代は新石器時代にまで遡る。今から5,200年ほど前に、穀物と家畜化されたヤギやヒツジを伴って、農耕民族がイギリスに移入してきた。この頃からイギリス人は、家畜を飼養するための牧草地と、穀物を栽培するための土地を開拓するようになった。つまりイギリスでは、人類は5,200年ほど前から森林を切り開いて農地に転換、つまり土地利用を開始したのだ。

これまでに広がっていた森林を農地にしたのだから、森林性の鳥類ではなく開放地性の鳥類が優占するようになったことが予想される。しかしながら、この時代の遺跡から出土する鳥類相に着目してみると、森林性鳥類の優占が示唆されるのだ。例えばDowel Holeという場所では、ヨーロッパコマドリやシロビタイジョウビタキ(開放地性)ではなく、ヨーロッパシジュウカラ(森林性)が最も優占して出土した。ほかの地点でも、ヨーロッパカヤクグリ、シメ、ウソ、アオカワラヒワ、モリフクロウ、オオタカなど森林に生息するような鳥類が遺跡から出土している。

様々な地点の遺跡から、森林性鳥類が優占して出土していることを踏まえると、新石器時代のイギリス人たちは、景観を劇的に改変するほど集約的には農耕をしていなかったことが推察される。

しかしながら、青銅器時代(およそ4,000年前)に入ると鳥類相は大きく変化する。様々な遺跡から、チョウゲンボウ、ハト、ミヤマガラス、ムナグロ、ヨーロッパコマドリ、ツバメ、ショウドウツバメ、ヒバリなどの開放地性鳥類が優占して出土するようになるのだ。

青銅器時代以前の遺跡からは、ムナグロやタゲリは出土していなかったが、この時代からは多くの遺跡から出土するようになる。著者らは、この頃から、タゲリやムナグロがこの地域の開放環境で越冬するようになったのではないか、つまり、彼らの越冬に適した環境が形成されたのではないかと推測している。

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Fig 2. 農地を利用するムナグロ

青銅器時代に入ると、どうやらイギリス人たちはより積極的に森林を農地に転換し、そこに生息していた鳥類たちも、その影響を受けて変遷していったようだ。

まとめに移る。

イギリスの遺跡からは、農地開拓が進むにつれて森林性鳥類が姿を消し、開放地性鳥類が台頭するようになったことが示唆された。ただし、農耕開始直後はその影響はわずかだったようだ。農耕開始1,000年後くらいから、イギリスでは鳥類相を変化させるほどの影響を与えるようになったらしい。

次回以降は、湿原から農地への転換、そして日本の歴史とイギリスの歴史の比較を試みる。