森林管理と昆虫ーカミキリムシ類(3)
こんにちは。意識低い森林学徒です。最近更新が滞っておりました!
今日の記事はAが担当します。「森林管理と昆虫」シリーズの第3回目です。
(3) クビアカツヤカミキリによる被害とその対策
前回の記事では、マツ枯れについてご紹介しました。その中で、依然として被害面積は大きいものの、面積自体は減少傾向にあると述べました。他の森林動物害についても傾向は同様であり、管理技術の進歩や新規造林面積の減少を背景として、日本国内における人工林で生じる森林動物害は概して減少傾向にあります。しかし、例えばシカ害のように、近年新たに顕著となっている問題も存在します。実は、カミキリムシにもそんなニューフェイスがいるのです。
近年新たに問題となっているカミキリムシ類として、今回はクビアカツヤカミキリ(Aromia bungii)を取り上げます。中国や朝鮮半島などに分布する本種は2010年ごろに国内に侵入したと考えられ、現状では限定的な分布であるものの、顕著な被害をもたらしています。本種はサクラやモモなどのバラ科樹木を宿主とするため、バラ科樹木が数多く植えられている日本においてはその対策が急務とされているのです。
※NHKのニュースでも取り上げられました。
http://www9.nhk.or.jp/nw9-blog/500/275300.html
3.1 クビアカツヤカミキリの基本事項
3.1.1 形態と生態
クビアカツヤカミキリ(以下、クビアカ)について、まずは基礎的な事項の紹介をします。クビアカはクロジャコウカミキリとも呼ばれ、カミキリ亜科ジャコウカミキリ属に属します。大型のカミキリムシであり、体長は30mm~40mm、つやの青みがかった黒色をしており、前胸背板は深紅あるいは黒色を示します。雌雄で触角の長さが異なり、オスでは触角の長さが体長の2倍近くとなるという特徴もあります(大林・新里 2007)。
中国、朝鮮半島、ロシアなどに分布しており、胡ら(2007)によれば、バラ科樹木をはじめヤナギなどの広葉樹を加害するとのことです。中国では桃類を加害する果樹害虫として知られており、中国国内に広く分布することから多様な環境に適応できるものと推察されます。健全木を加害しますが(このような虫は“一次性昆虫”と呼ばれます)、ある程度まで成長した幼虫は伐倒したり枯死したりした材の中でも生存し、材内部の深くに蛹室を形成することが分かっています(加賀谷 2015, 図1,2)。
図1:クビアカツヤカミキリ.
図2:クビアカツヤカミキリによるサクラへの被害.
3.1.2 日本国内における被害
日本国内においては、2012年の愛知県における報告が初めての発見事例でした。その後埼玉県草加市で2013年に成虫が確認され(中村 2013; 加納ら 2014)、2015年以降には新たに群馬県、徳島県、大阪府、東京都での発生が報告されています(桐山ら 2015; 杉本 2015; 須田・村田 2017)。特に埼玉県においては、2013年に最初に加害が発見され、定着を始めたと推定される地点から、1kmほど離れた場所で2014年に新たに発生が確認されました。このことからも、実際に分布が拡大していることが見て取れます(加賀谷 2015)。またこれらの報告から、少なくとも2010~11年ごろにはクビアカが何らかの形で日本国内に侵入していたことが考えられます。
3.1.3 ヨーロッパ諸国における被害
クビアカは、ヨーロッパ諸国にも分布を広げています。2011年にドイツ、また2012年にイタリアのそれぞれ一部地域で発生が確認されているほか、2016年にもドイツのバイエルン州において報告があります(Garonna et al. 2013; EPPO報告書 2015; Horren 2016)。EPPO報告書(2015)によれば、その侵入経路はサクラ類の木材ないしは木材製品、またはクビアカの寄主植物(種子以外)そのものの輸入であると推定されています。上記に挙げた地域以外での報告は今のところないものの、イタリアから多くの木材を輸入しているトルコなど、さらなる分布拡大の危険性は大きいです。
3.2 クビアカツヤカミキリにおける研究の現状
クビアカは主要生息地である中国においては、既に森林害虫や果樹害虫として研究の対象となってきました。そのため、多数の研究事例が中国にて蓄積されています。多くの研究論文についてはアクセスが困難でしたが、概要部分については英語にて閲覧することができるものも多かったです。
3.2.1 研究事例の探索
論文検索サイトgoogle schlor(https://scholar.google.co.jp/)を用いて、クビアカの学名である“Aromia bungii”で検索を行いました。検索結果のうち上位60件までを対象としたところ、クビアカをメインのターゲットとした計28本の論文が探索できました。その一覧を表に示します(表1、ちょっと見にくいですが....)。害虫であるため当然ではありますが、多くの論文が生態もしくは防除に関する研究でした。
表1:クビアカツヤカミキリに関する既往研究のまとめ.
3.2.2 生態に関する研究
生態に関する研究事例では、生活史についての研究事例がほとんどでした。Wangら(2007)は、クビアカ幼虫の生育期間は33~34カ月と長く、また成虫の発生は6月末~8月中旬までの間に生じると発表しました。Maら(2007)は、石家荘市(河北省)ではクビアカは4年に1度のペースで発生することを報告し、詳細にその生活史を記しています(図3)。
図3:石家荘市(河北省)におけるクビアカツヤカミキリの生活史(Maら(2007)より筆者作成).
生活史以外の研究事例としては、性行動にかかわると考えられる化学物質を分析した研究(Wei, 2013)や、クビアカの穿孔ルートおよびフラスの排出について研究した事例(Liu et al. 1999)などがありました。しかし、移動分散や寄主植物との相互作用、遺伝的構造など、基礎的な知見はまだまだ不足しており、さらなる研究が必要といえそうです。
3.2.3 防除に関する研究
防除に関する研究事例では、きのこ(ハラタケ科; Lepiota helveola)の発酵液体、線虫(Steinernema属)、ホソカタムシ(サビマダラオオホソカタムシ; Dastarcus helophoroides)などを用いた生物による防除に関する研究事例が多くみられました。
例えばHong and Yang(2011)は、ハラタケ科きのこの発酵液体をクビアカ1齢幼虫に対して使用したところ、3日後に71.67%の死亡率を得たと報告しています。またMenら(2017)は、カミキリ類に対する自然下での天敵であるサビマダラオオホソカタムシを用いて、クビアカを含めた数種のカミキリ類の排出したフラスへのホソカタムシの誘引性を検証しています。なおホソカタムシを用いたカミキリ類の生物学的防除は、日本においてもマツノマダラカミキリに対して検討されています(浦野 2006)。
この他、主要なプラム類11属14種への加害の程度を比較し、どの樹種がクビアカを含めたカミキリ類に対して抵抗性があるかを調べた研究も存在しました(Huang et al. 2012)。一方で、薬剤散布を中心とした化学的防除や、林業的防除などに関わる知見は見られませんでした。
3.3 今後の対策と展望
最後に、今後の対策と展望について簡単に述べたいと思います。クビアカツヤカミキリをはじめとした穿孔性昆虫類は、すでに述べたように木材ないしは木材製品とともに移入する可能性が最も高いと考えられます。
日本にように万が一侵入を許してしまった場合には、定着や分布の拡大を防ぐことが重要となるでしょう。定着や分布の有無に関する調査においては、アマチュアのボランティアによる観察が大切となるかもしれません。Pocock(2017)らが指摘しているように、アマチュアの観察圧は侵入種の報告数に貢献します。日本においても、アマチュアからの情報を生かしていく体制づくりが重要となるでしょう。
クビアカが好むサクラやモモは、日本中の広い範囲に植えられています。特にサクラは川沿いの並木や公園などに多数まとまって植えられており、一度定着し分布拡大が始まると、とてつもない被害が生じる可能性があります。加えて、サクラの代表種であるソメイヨシノはクローンにより個体を増殖した経緯があり、遺伝的な多様性が極めて低いため病虫害への耐性は皆無です。そのため、定着が確認された場合には、その後の分布拡大を防ぐ手立てをできる限り迅速に実行する必要があります。
しかし、そのような対策を迅速に行うことは非常に困難であるといえます。カミキリムシ対策として最も有効なのは、当然カミキリムシ幼虫が入り込んだ被害木を伐採してしまうことです。ところが、サクラ並木の開花を楽しみにする住民の方々や観光客は多く、大規模な伐採を迅速に行うことは難しいように思えてしまいます。
伐採以外の(伐採する樹木の量を最小限とする)防除手段として、薬剤による化学的な防除が考えられます。しかし、現状ではクビアカに対する果樹薬剤はまだ開発されていません(上地 2015)。これを受けて、徳島県ではクラウドファンディングによる開発計画もあり、化学物質を用いた防除方法の開発はこれから進んでいきそうです。
日本における木の文化の中心的な存在であるサクラを守るためにも、クビアカ対策は迅速に進められる必要があるといえます。
※以下クラウドファンディングのサイト
いかがでしたでしょうか。森林の被害といえばシカ!と言われることが多くなった近年ですが,虫害も完全になくなったわけでありません。
次回は,「森林管理と昆虫」最終回です。これまでの内容を踏まえつつ、虫の生態を考慮した森林管理のあり方を考えたいと思います。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。