意識低い大学院生、森林を考える

某大学森林科学科の同期4人で運営する共同ブログです。森林・林業の魅力を発信し、最新の知見も紹介します。現在、大学院修士課程に在学中。

森林管理と昆虫ーカミキリムシ類(2)

 こんにちは。意識低い森林学徒です。今日の記事は,花粉症シーズンが終わり元気になりつつあるAが担当します。前回の記事では,カミキリムシ類について,その基礎的な系統や生態のお話をさせていただきました。今回はその続きになります!

(2)日本最大の病虫害:マツ枯れについて

みなさんは「森林に害を与える野生動物」と聞いて,どんな動物を思い浮かべるでしょうか。昨今全国的に個体数の増加が懸念されている,シカでしょうか?それとも,どでかいクマでしょうか?

「森林管理と昆虫」と題してお送りしているこの記事で、記念すべき第1回目にカミキリムシ類を取り挙げたのには,もちろん理由があります。そうです,被害材積ナンバーワンは,マツノマダラカミキリ(Monochamus alternatus)というカミキリムシがその一因となる病気「マツ枯れ」なのです。例えば,H27年度の統計ではマツ枯れの被害材積(=木の体積のこと)は48万㎥です。これに対して,獣害で被害ナンバーワンのシカはわずか7000haほどです。両者の単位が異なるため単純な比較はできませんが,日本の人工林面積が約1030万ha,その蓄積は3040万㎥であることを考えると,マツ枯れの被害面積は単純計算でおよそ16.3万haと推定できます。このようにマツ枯れは,シカを中心とした獣害の被害量を大きく上回ります。

 

ここで,前者の被害量が材積なのに対し,後者の被害量が面積で表されているのにはおそらく以下のような理由があります。いわゆる動物による被害の中でも,マツ枯れなどの虫害はカミキリムシやキクイムシが原因のため,稚樹(=若い樹)ではなくそれなりのサイズに成長した林分に発生します。一方で,獣害はかつてノネズミやノウサギによる被害が多く、その主たる対象は植栽したばかりの稚樹を食べられてしまうというものでした(1970年代には,ノネズミとノウサギ合わせて7万ha以上の被害面積でした)。それゆえ,両者の算出方法が異なると考えられます。

 

というわけで今回は,日本の林業における森林病害の代名詞である病気「マツ枯れ」について,紹介したいと思います。

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Fig.1:小豆島におけるマツ枯れ(以下リンクより引用)

http://www.ffpri-skk.affrc.go.jp/matu/qmatu_page1.html

2.1    “マツ枯れ”ってなに?

2.1.1      マツ枯れってどんな病気?

”マツ枯れ”とは,アカマツクロマツを中心としたマツ類が感染する病気で,正式名称は「マツ材線虫病」といいます。実はその主因は,カミキリムシではなくセンチュウです。マツノザイセンチュウ(Bursaphelenchus xylophilus)という大きさ1mmほどの小さなセンチュウは,北米原産であり,1900年代初頭に日本に持ち込まれたとされています(2.1.2参照)。このセンチュウは,マツの樹体内に侵入するとマツに水分ストレスを生じさせ,マツを衰弱させてしまいます。そして,このセンチュウ類を媒介してしまうのが,もともと日本にいたマツノマダラカミキリ,というわけです(Fig.2,3)。実際に,北米原産であるストローブマツやテーダマツといった種類は,マツノザイセンチュウに対して抵抗性を持っています。一方で,日本産であるアカマツクロマツリュウキュウマツなどは全て感受性です。

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Fig.2:マツノザイセンチュウ

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Fig.3:マツノマダラカミキリのオスとメス

2.1.2      マツ枯れの歴史と現在

マツ枯れの被害は1905年ごろに長崎県で初めて発生し,その後全国に広がりました。このことからも,恐らく北米からの船によってセンチュウが日本に侵入してしまったと考えられます。その被害量は1979年度(約243万m3)をピークに減少傾向にあり,2015年度の被害材積量はピーク時の5分の1程度(約48万m3)まで減少しています(Fig.4)。しかし,依然として日本国内においては最大の病虫害であり,対策を引き続き行っていく必要があるといえます。

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Fig.4:マツ枯れの被害材積の推移(H29年度森林・林業白書より)

2.2    “マツ枯れ”が生じる仕組みとその対策

2.2.1      マツノマダラカミキリの基礎知識

では,センチュウとカミキリムシによって,どのようにマツ枯れは引き起こされるのでしょうか。まずは,マツノマダラカミキリ(Monochamus alternatus,以下マダラ)について紹介しましょう。

本種は,カミキリ亜科ヒゲナガカミキリ属に属し,体長は14~27mmほど、触角は雌雄ともに赤褐色でで、第3~9節の基部は白色がかります(Fig.3)。上翅は赤褐色の縦縞の間に濃褐色と灰白色の微網が交互に縦に並び,複雑な模様を呈します。中国・韓国・台湾・ベトナムラオスなどに広く分布し,日本国内においては青森県北部と北海道を除く地域に分布しています。成虫の材からの脱出は関東では5~7月ごろで,メス成虫は衰弱したマツの樹皮に咬み痕をつけて1個ずつ産卵します。その後孵化した幼虫は材内に穿孔し(=穴をあけて入り込むこと),蛹室を作ってその中で越冬します。通常は年1化ですが,東北地方などでは2年1化の場合もあります。

彼らはアカマツクロマツを主に摂食し,特に衰弱木や新鮮な枯死木を好み,その幹や太い枝を食害します。もともとアカマツクロマツとマダラが日本において共存してきたように,マダラ幼虫の穿孔だけでは,マツ類の枯死を招くことはありません。林業が盛んでなかった時代には,現在ほどマダラが利用できるマツの枯死木が無かったため,被害が少なかったとされています。既に述べたように,マダラはマツノザイセンチュウ(Bursaphelenchus xylophilus,以下,センチュウ)を媒介することによって,枯死の間接的原因となってしまうのです。

2.2.2      マツノザイセンチュウはうまくカミキリムシを利用する

マツ枯れは,以下の図のような仕組みで生じます(Fig.5)。まず,マダラ成虫が寄主であるマツ科樹木から脱出します(図中1)。このとき,彼らはまだ性成熟をしていません。脱出後に健全な寄主の新梢や小枝の樹皮を食べることで成熟しますが(※これを後食といいました!前回の記事参照です),この際にマダラ成虫の気管内に入り込んでいたセンチュウが,後食痕から健全木内に入りこむのです(図中2)。これによりマツの樹勢が弱まると,樹脂の発生が抑えられ,成熟したマダラ成虫が産卵できる格好の場が誕生します(図中3,4)。

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Fig.5:マツ枯れの仕組み(森林研究・整備機構資料より).

 

このとき,センチュウがマツの樹勢を弱める原因は次の通りです。マツの樹体内に入り込んだセンチュウは,主に柔細胞と呼ばれる細胞から栄養を摂取します。柔細胞の変性や壊死により,樹体内で水分の運搬を担う道管内にある樹液の表面張力が低下し,キャビテーションと呼ばれる現象が生じます(※圧力の低下により道管内に気泡が生じ,水分を吸い上げられなくなってしまいます。穴の開いたストローだと,力いっぱい吸ってもうまく飲み物を吸い上げられないのと似ています)。これによりマツは水分を確保しにくくなり,樹勢が弱まってしまうのです。

 

そして、樹体内で増殖し広がったセンチュウが分散型3期幼虫というステージに入ると,マダラ幼虫が穿孔した孔道付近に集まるようになります(図中7,8)。そして,マダラが羽化する時期になると,センチュウは脱皮し分散型4期幼虫と呼ばれる状態となり、羽化したばかりのマダラ成虫の気門から気管内に入り込んで広がっていく,というわけです(Fig.6)。Fig.6はマダラの気管内にびっしりと詰まったセンチュウです。私もこの画像を見たときはさすがにぞっとしました。。。

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Fig.6:マダラの気管内に入り込んだセンチュウ.

このように,センチュウとマツノマダラカミキリは一般に相利共生の関係にあります(マダラはセンチュウを運搬しその拡散に寄与する,一方でセンチュウはマツの樹勢を弱めマダラの産卵場所を提供する)。ただし,大量のセンチュウを保持した場合には,マダラの寿命が短くなるなどのコストがあります。

一方で,マツノザイセンチュウの原産地である北米などでは,既に述べたようにマツ類がセンチュウに対して抵抗性を持っています。すると,センチュウにより樹勢が衰えることはないため,センチュウを媒介したとしてもカミキリムシにとっては自らの産卵場所が増えるわけではなく,利益を得ることができません。従って,北米では両者は片利共生的な関係にあるといえます。実際,マツの丸太上にセンチュウとマダラ幼虫を人為的に摂取した実験においては,センチュウが存在するだけでは,マダラ成虫の体重や発育期間に影響がないことが示されています(富樫 2016)。

2.2.3      マツ枯れの対策

ここまで述べてきたように,マツ枯れはカミキリムシとセンチュウの見事なコンビネーションにより生じます。もちろん,我々の側もこれに対して何らかの対策を行わなければなりません。一番の対策は,被害木の伐倒薫蒸や薬剤の散布になります。また事前対策としては,マツ林周辺の感染源を排除するために,マツ林周辺の林分を広葉樹林へ樹転換する、激害地において生存した個体から抵抗性のある苗木を生産し(いわゆる育種),それを造林に用いる,などが挙げられます。

参考文献

後ほど整理します!

 

いかがでしたでしょうか。日本全国で猛威をふるったマツ枯れは,今も根絶されたわけではありません。地球規模の気候変動により気温上昇や異常気象の多発がますます進むことになれば,マツ枯れについても今までになかった新たな問題が生じるかもしれません。例えば,現在では被害のない北海道で広まる可能性もあるわけです。今後も,事前対策と事後対策を組み合わせ,その被害を最小限に抑えていく必要があります。

実は,森林に被害を与えるカミキリムシはマダラだけではありません。次回は,最近(といっても少し前ですが)NHKのニュースにも取り上げられた”はやり”のカミキリをお届けします。そして次々回(最終回)では,これまでの3回を踏まえて森林管理の方策について検討してみたいと思います。

ここまで読んでいただいて、ありがとうございました!